福岡博多「石村萬盛堂」「銘菓・鶴乃子」 本店は川上音二郎の生家を訪問

 ホワイトディーの仕掛け人は、石村萬盛堂 

       ホワイトディーの起源となる、マシュマロデーを考案したのです。

 

明治三十八年、石村萬盛堂は川上音二郎が所有していた中村馬小路の実家の長屋を借りて誕生した。 (日露戦争で日本が勝利した直後)

       川上音二郎といえば、「オッペケペー」で知られる博多生まれの新劇の祖。

 

          その音二郎が、創業者、石村善太郎の人柄を大変気に入って、

              28歳で萬盛堂を創業するときにも何かと力を貸してくれたそうです。

      鶴乃子が生まれたあの長屋は、戦災によって失われましたが、

              その面影は須崎町の石村萬盛堂本店に今もなお見ることができます。

 

との紹介で、お菓子は地下街・空港のお土産やさんでも売ってるですが・・・

 

   川上音二郎が、産声をあげたのは、この本店なのです。

       はり、本店に行きたかった・・・

 

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凄く、いい感じ・・・・

電柱があって、もったいないな・・

 

 

 

銘菓の紹介・・・

 

鶴乃子のまあるい箱をそっとなでてください。

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  手のひらにやさしくなじむ、

    自然なふくらみがあることにお気づきになるはず

 創業者石村善太郎は、「競争はするな勉強をせよ。

 人が角いものを作ればこちらは丸いものを作れ」

  とよく言い、人と争わず、

   共生しようとするこころを持つこと、

   そして人の真似をせず独創的な菓子づくりをする、

       を信条としたそうです。  

 

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その精神から生まれたのが鶴乃子であり、鶴乃子を入れる卵型の箱でした。


初代は、隠居してからも「鶴乃子の箱だけは私が作るばい」と、柔道の稽古着を仕事着に、一つ一つていねいに紙を張り、茶碗の底を使ってあのやさしい丸みを出していました。

その数は、一日に200個から300個にもなったそうです。

 

 紅白のかわいい包装

 

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卵のような、

     フンワリした和菓子

  サッパリしたマシュマロ

中には、甘さ控えめな卵黄のあん 

 「花持ちし人よりよくる小路かな」しっかりとした自身を持った人は、自分から道を譲りつつ前進するものだ。

確固たる実力を備えながら、謙虚でありなさい、という意味。

この教えもまた、鶴乃子とともに初代から先代、現社長に受け継がれ、90年の時を超えて今に伝えられてるようです。

おみやげにはいろんな思い「よろしく」「ごめんなさい」「たのしかった」 が込められるけれど、

       鶴乃子はきっと、もらった人のこころをふっと和ませてくれます。

            角のない、丸い気持ちがずっと込められてきたお菓子です。

                   ふんわり、おいしい。博多銘菓鶴乃子。

          創業以来、素材を吟味し続けた石村萬盛堂自慢のお菓子。

 ■賞味期限を表示の変わりには、松の葉を入れてました

  鶴乃子の賞味期限は14日間。昭和30年頃から賞味期限を日にちで表示するようになりました。       創業から昭和30年までは、松の葉を入れてました。  その理由は、鶴乃子が硬くなって食べれなくなる日数と、松の葉が深い緑から赤色に変色するまでの日数が、ほぼ同じだからです。  湿度が低すぎると鶴乃子は、通常よりも早く硬くなります。同じように松の葉も同じように早く赤色に変化します。

お店の奥に面白い展示物がありあります。

明日紹介しますね・・ 

 

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